パンツ自前だ

どうも、安田さんに救われた女です

また好きが爆発して踊り出した話

こんにちは〜!moですおはようございます〜!

 

ここ最近のレンジャー日記での章ちゃんのごはん日記すごく楽しみにしてます。昨日ヤンマーちゃん更新遅れてたから「今日は何かな〜ワクワク」的な感じで蓋を開けてびっくり!すご〜い深いお言葉でした凝縮パックじゃんなにこれスギョイ。

 

今回はそれを受けてまた安田さんに惚れ直してまた好きが零れ落ちてるので、ここにこぼしておきます。

 

昨日といえば、朝から安田さんの記事が出回っていた。もちろん見ましたよ。お酒飲んでほろ酔いになってニコニコしてるかわいい写真に添えられた「完全復活」の文字。そりゃあ嬉しかっただって安田さんが幸せそうな顔して楽しそうな顔してたから誰だって自担がそんな顔してたら幸せな気分になると思うんだ。

でも安田さんはその記事読んで、「完全復活」に違和感を感じたんだなあって。自分の体は自分が一番わかるからやっぱりその文字を私達が鵜呑みにしないように、きちんとありのままの現状を素直に伝えてくれた安田さんってマジ素敵。すき。心配させたいから伝えるんじゃないよ?ってその一文から優しさ漏れてるよ。

 

当時よりはめちゃ復活してるよ(笑)と言う言葉。

わかる、わかるよ。マニアック見てすごく分かったよ。私は勝手にもう本当に身体は回復の一途を辿ってるんだって嬉しくてたまらなかったもん。でもそれでもそうだよね、まだまだだよね。

また安田さんの囲み取材での「見てとってください」を思い出した。本当に嘘をつかない人だなって改めて思った。すきだ。

 

安田さんは関ジャニ∞の中でもいちばん小さい身体をめいっぱい使って大きく表現してくれていた人だから、そんな彼に病気と怪我、それから後遺症を与えた神様は残酷で本当にこの世界は不平等だ。神様は乗り越えられる人にしか困難を与えないとか言うけどそうじゃねえふざけるなそれならワシに与えろよ!みたいに思ってしまうよね。

過去の安田章大と今の安田章大を対比した時にいちばん辛いのは私たちじゃなくて安田さん本人だと思う。すごく悔しい想いも何度もしたんだなって改めて思う。

だからこそ「クヨクヨしててもなんもならんやん!」って言葉に重みと説得力が増すんだよ。

たくさん残酷な運命にさらされて、それでもまだ私たちをしんどいときは愚痴吐きまくっていいよって救い上げてくれる彼は本当に優しさの塊なんだよ。自分だけじゃない、って思える強さを持っているんだよ。そんな人を好きになれて本当に幸せすぎるんだよ。

こういう考え方をして生きていたいってすごく思う。どんなにしんどい状態でも自分だけじゃない、みんな苦しくても前に進んでいるんだ、って思えるようになりたい。強くなりたい。

やっぱり安田章大の生き様には憧れるし、尊敬するし、希望だなって思う。すき。

すごく力強いんだ。本当に何度も彼の言葉に強さをもらうよ。

 

今の自分を楽しみながら、時に苦しみながら追い込むもんだと思う。

これはちゃんと楽しめるようになったのって本当に最近だと思うし“時に”なんて言ってるけど絶対に苦しみながら追い込んだ時間の方が遥かに長い。もっとこの先の未来を見るために耐えて耐えて耐えて。は〜〜安田さんが私たちに愚痴を言う許可をくれたのに私たちは彼の愚痴の吐き口になれないのが心苦しいな。なんて烏滸がましいことを考えてしまうね。

でも安田さんにはたくさんの素敵な仲間がいて、愛されて、支えられて、それを受けて自分の匙加減で安田章大としての生き方を決めていけるならこれ以上のことなんてないよね。

 

綺麗なマルを目指して自己表現をし続けているっていうその表現の仕方が優しくてすきだ。

本当にその通りだと思う。大体の人は周りから浮かないようにしてるし私だってそうだ。

安田さんが病気と怪我してから変わった、という考え方もあるかもしれないけど私は変わったというより表に出せるようになったんだなって思う。それまで割とかわいい路線でやってきたけどあの人関ジャニ∞イチ男前で漢なことは有名じゃん。だから髭だって生やしたかったし髪型だって振り切りたかったと思う。まあ焼きそばで振り切ってたやんみたいな意見もある?とにかく古田さんにバランサーだって言われるくらいの彼が自分がやりたいことをしてる姿ってどう考えても素敵ってこと。すきじゃん。すきだよ。

 

だからこそ安田さんが自分の中で“歪な本音“と思っている深いところを見せてくれたときに、それに対する感じ方はそれこそ人それぞれなんだけど、すごく素敵だって思ってしまうんだ。全部が全部理解できてるわけじゃないけど、彼の生きた感性は本当に素晴らしいものだと思う。

アイドルは偶像だから自分の理想とか好きだった姿に想いを馳せるのもいいけど、今を生きて変わりゆく安田章大を共に生きながら見ていられることが、知っていけることが幸せなんだよなあ。

全部が全部リンクしてるなんてことは思わないし無理にリンクすることない。でも自然とすくい上げられているなら少しでもリンクできているような気がしてまた幸せになる。

安田章大安田章大を生きて、その眼に映るものから思ったこと感じたことを少しでもありのままの形で伝え続けてくれることで勝手に幸せになって勝手に学んで勝手に少しずつ強くなれてるような気がするよ。

だから不平等な世界でも常に幸せでいられるし充実できてる。私の世界をいつも彩ってくれてありがとうございます大変お世話になっております〜〜〜!!!!みたいな気持ちです。

 

その深層をもっともっと知りたいと思いました。安田さんって素敵だ。関ジャニ∞って素敵だ。よし早く教科書にしよう。オタクにはいっぱい学者がいるから有識者さんたちに依頼なら僕がしておくから教育委員会のこと誰か説得してくれない?シクヨロ!

 

マニアック を考える

こんばんは、moです。

ついにこの時がやってきました。マニアックを考える…

 

 

ようやくマニアックを観て、自分の中で色々と考えがまとまってきた。ここから先は盛大にネタバレを含みながら、私がマニアックを観て感じたこと、思ったこと、それをただ書き連ねていくだけである。自己満である。到底他人に読ませるものではないということだけ念頭に置いてほしい。ここに書くことは独自の考えであり、異論や意義はもちろん認める。

 

 

マニアック、やはり安田さんのいちファンとしてはあんなにも元気に釈迦力になって歌ってギター弾いて踊ってお芝居する姿を生で見れたのは本当に安心したという気持ちと、エイトにとっても私にとっても長かった一年がやっと幕を下ろしたような感覚になった。まあこれはもちろんそれは私個人の話である。とにかく力強い歌声に私の魂は震えに震えまくった。あんなにも小さい体で、最初出てきたときはやっぱり小さくて可愛いなあ!だったのが終わる頃にはすごく大きく見えた。舞台上で大きく輝く安田さんが本当に、改めてすきだと思った。体が万全ではなかっただろうに、それでもそんなことを一切感じさせないその姿。朝のニュースで体調を問われたとき「見てとってください」と言い放った真意が少しだけでも分かった気がした。あの場で「万全です」と口で言うのは簡単だけれど、それよりも実際に私たちの目で見た姿から分かって欲しいというその強気な姿勢、惚れ直しました。そして私が一番感激したのは花旗ユタカアキラのアドリブシーン。本当に死ぬほど笑っていたそのとき、浅野さんが頼み込む仕草として頭を下げるのを超えて深い前屈をした。浅野さんの細くて骨々しい体が綺麗に二つ折りになって、もうそれはそれは笑った。これが感激の前振りになるとも知らずに。そしてそのシーンのラスト、安田さんが同じポーズをしたのだ。その一瞬で泣きそうになった。その動きはツアー中やこれまでだったら絶対にできない、というよりしてはいけない動作であった。それを目の前で見せられて、誰が彼の体がまだ心配だといえようか。私のたった一度の観劇のそのシーンはたぶん、一生忘れないと思う。そこからは本当に心配なんてものはなくなってただひたすら笑っていた。

二幕からは尼ヤン全開で私の性癖に刺さりまくりだった。怒鳴られたい。ガラも口も悪い安田さん最高だった。

あとはまあもう終始安田さんはかっこよくて可愛くて、腕切られて血見て泣きべそ書いてるアキラに母性が目覚めたら、植木屋のつなぎを急いで脱いでアコギで恋に走ろうを歌う時なんてズボンの脱ぎ方かっわい〜間に合う?大丈夫?みたいな気持ちになったり、Rescue herでの赤いジャケット着たアキラと目が合って(勘違い)また恋に落ちたりメイが昭和アイドルになって歌うシーンでの頭を左右に倒してリズムに乗ってるのを見てかっわい〜ってなったり、ふくらはぎ食われたユタカを落ち着かせるために頭をナデナデしてあげるアキラを見て表情も撫で方も頭に顔置いたりするのもあざといなかわいいな!?エーーーッこのシーンすごくかっわい〜ってなったり、人間外に出てお日様の光浴びないとおかしくなってしまうっていう台詞が闘病中や故障中の彼自身に重なってしまったり、空気口にブォーーーッてやるなんて思ってなかったしめっちゃブサイクになって愛おしかったりラジバンダリ…歌うますぎな小さいおっちゃんだいすき…

 

ここからはマニアックの内容について思ったこと。

この舞台を一言で表すならば、劇中でもアキラが言ったように『台無し』である。

まず登場人物に分けて、簡潔に何が台無しであったのか。

【犬塚アキラ】は元嫁への後悔から一目惚れしたメイを本気で救おうとする。とてもかっこいい。しかしメイの秘密を知ったことでその気持ちが変わりメイを置いて1人で逃げてしまう点。

【八猪メイ】は劇中最も台無しな存在であり、可哀想な人を助けたいという気持ちから医者になることを志すが大量出血を見ると性的興奮を覚えてしまうことが分かり、研修先の病院の医者、患者と無差別にセックスすることでその奇病の感染を広めた。そしてそのことに対して最終的に罪悪感はなくこれが普通になるのだと開き直っている。オチの全てを背負っている点。

【八猪不二男】は娘を溺愛するが故に彼女が帰ってきたときに彼女の「可哀想な人を救いたい」という研究をできる環境を整えるために恐ろしい研究に自らのめり込み、それと並行して社会に存在する法で裁ききれなかった犯罪者たちなら同じ目を遭わせて報復する活動を始める。しかし最終的にはその愛する娘が一番の異常者であると分かり圧倒的ラスボスであったのにも関わらずあっけなく出血死、その際メイに興奮されてしまうのがうんたらかんたらてな感じの最期であった点。

 

わー全然簡潔じゃなくなってる…

 

【花旗一郎】は命がけでスクープを狙いあの怒涛のラストを世界に生配信して記者として再び成り上がれそうだったのに配信できておらずただの録画になってしまっていた点。

【甘木婦長】は院長への信仰が深すぎてあったはずの"普通の感覚"や"良心"が狂ってしまった点。ただ、私は甘木婦長は最初から最期まで院長への信頼、信仰、尊敬を徹底していたことから劇中最もマトモになりえた存在なのではないかとも考えている。

【柴賀ユタカ】はアキラにとって良き先輩であったのにこの物語の台無しなオチに最も巻き込まれてしまった点。

 

などなど。

正直他の登場人物をまだ考察しきれていないところがあるので考察した人物のみ記述することにする。

以上のことから分かるように各登場人物が既に台無しである。そしてストーリー。観た人なら分かるようにとんでもない台無しなオチ。まさかあんなにバッタバタ死んでいくとは思わなかったし最後のいいところを持っていくのは全然目立ってなかった看護師だし、メイちゃんは一幕とは打って変わってチンポ吸いたい連呼しだすし、一幕までで出来上がっていた全てが急に壊されて壊れた破片は散らかりまくって、散らかったまま終わった感覚。それでも不思議と嫌な感じはせずむしろすっきりしたのはそれが物語として成立し、それに対して私が勝手にメッセージ性を感じ取ったからである。

 

マニアックは勧善懲悪なストーリーではない。再三不道徳だなんだと言っていたが、本当にこの舞台を見て思ったのは「何が悪で何が善なのか。普通とは一体何なのか、異常とは一体何なのか」ということである。

八猪院長の研究はそれだけ見れば完全悪であるが、その研究には野放しにしてはいけない奴らをどうにかするにはこうするしかなかったという背景がある。加えて寿くんからメイを守ろうとした描写が何度か見受けられたことから彼は本当に娘を溺愛しており、その娘を傷付けられた経験があるからこそこのようなことが二度と繰り返されることがないようにと警察署長と手を組んだ彼の研究は、街にいる誰かを救うための研究でもあったのかもしれない。これは不道徳でありながらも、道徳的にも見える。

そしてマニアックの世界は独特でありつつも私たちがいる世界を映しているようにも見えた。印象的である「性犯罪者は治らない」はまさにその通りだと思う。現代の日本において、性犯罪の再犯率は約13.9%であり、これは全ての再犯者の犯罪別割合で見るとなんとおよそ6割が性犯罪にまつわる再犯であることがわかっている(平成27年犯罪白書より)。確かに今、ニュースで見かける性犯罪は加害者が大学生だったり学生であったり、また社会人であっても初犯ではない、というパターンが多いような気がする。これは持論であるが、「性格は変わっても性癖は変わらない」のでこの世の中にも八猪院長のような人間がいたらなあ、なんてマニアックを観劇して性犯罪について改めて考えた人は多いだろう。そして最後に全てを持っていき、自ら死を選んだあの看護師の動機は「目立ちたかった」である。これこそまさに今の社会を象徴しているような気がする。「目立ちたい」「誰でも良かった」など一見、そんなことで人を殺すの?自殺するの?と思うような動機であってもそう言った動機での犯罪は後を絶たない。あの舞台上の人々はみな異常者でありながら、私たちも彼らと似通っていて常にその感覚と背中合わせでいるのだと思う。その中で裏と表の区別がつかなくなったものが犯罪を犯してしまうのではないだろうか。マニアックは世界観は違っていても中で起きていることはこちらの世界と大差ないのかもしれない。

パンフレットで安田さんも「毎日流れてくるニュースを見聞きしていると、世の中や人間は壊れかけていて、正常と異常な境目がはっきりしなくなっているんじゃないかと思います。だとしたら『マニアック』劇中のどギツいギャグや、グロテスクな出来事も、僕らが生きている社会の地続きで起きていても不思議ではない」と発言している。正常と異常の境目がはっきりしている人は非常に少ないのではないだろうか。

 

"普通"の定義は存在しないため、その基準は自然と自分になる。だからこそ、マニアックの登場人物はそれぞれ異常な部分を持っていてもそれが普通、当たり前だと思ってしまう。例えばメイの奇病は500万人に一人(曖昧)の確率で発症するものであるが、彼女が不特定多数に感染させたことでそこから世界中に感染が広まったとしたら、それは徐々に特別なことではなく当たり前へと変化していく。物語のラスト、メイはそんな世界になることに全く罪悪感を感じていないしさらにアキラもその世界に取り込もうとしていた。その状況下において彼女にとって異常となるのはアキラだったのかもしれない。彼女の根底にあるのは「可哀想な人を救いたい」という思い。メイについて考察したとき、この場面は

①もしかしたら彼女はそんな世界になった時に彼女の中の「可哀想」にあたるのはアキラだったからこちら側に入れようしてあげた

②彼女にとって最も「可哀想な人」なのは自分自身であり、その奇病を治すことができないため自分が普通になるために無意識のうちに世界を変えようとしたのではないか、の2パターン考えられた。物語序盤ではメイはきっと自分の異常さにきちんと気づいていた。しかし一歩振り切ると100振り切ってしまうその感じはやはり八猪不二男の娘だなあと感じさせられた。

 

不道徳を売りにして、ラブストーリーのラブをどこかに落としてきたというこの青春音楽劇。しかし囲み取材で古田さんが言ったように「いい作品」になっていたことは間違いない。私はすごく全力でふざけ倒した中に勝手に感じ取ったものが多かった。ラブストーリーというよりは、私たちが生きる世界での闇の部分…性犯罪や病院での過度の薬物投与、少年法に守られ世間に再び野放しにされる加害者、それらを扱うには異質なほどポップで明るく面白く描かれていた。ブラックすぎるストーリーなのにあんなに笑えるものにするって、本当にすごい監督だなあ。

そして私たちは自分のことを「ノーマル」だと思っている。誰でも彼でもマニアックになる素質は隠し持っているのに。だからこそ自分がこれってものを見つけたときその感情が狂うのに時間は要さない。気が狂うほど愛することは間違いじゃない。そこで大事なのはその感情とどう付き合っていくか、どうコントロールするかということである。私は安田さんと出会って性格や生き方が本当に変化した。しかしやはり性癖は変わらないし犯罪に走ることはないと思うけれどこの愛を今後も大切に育ててコントロールしなきゃな…と改めて感じた。みんながどう感じたのかが気になる。たった一度の観劇、そしてずっと興奮していたから間違いもあるかもしれない。それでもわたしは生でマニアックを見てその世界観に触れることで、夢のような時間を過ごした。

もう一度、その世界に触れたいなあ、

どうか円盤化してほしいなあ、なんて。

 

そう思っているのです。

 

I to Uからハモリについて考える

関ジャニ∞といえばそのギャグセンスやトーク力の高さ、そしてビジュアルの良さに目が行きがちですが最大の魅力と言っていいほどこの世界に広めたい魅力、それが「ハモリ」です。

 

音楽素人ではありますが、私なりに考えた彼らのハモリの魅力について書いていきます。

 

関ジャニ∞のハモリは三部になることが多いです。それはやっぱり低音を響かせる大倉忠義と高音を響かせる安田章大、低音も高音もいける丸山隆平、この3人の存在が大きいと思います(彼らのことを私は大山田、またの名をハモリ三銃士と呼んでいます)。主旋律、上ハモ、下ハモの三部になることで二部でのハモリよりも抜群に厚みや重みが出ます。

この三銃士の凄さ際立ちまくりスペシャルハモリソングのひとつに「I to U」があります。

丸山⇨村上⇨錦戸⇨大倉⇨安田とそれぞれのソロパートを終え、横山のパートで待望のハモリ第一波がきます。

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"もう愛して …くれないから

 愛してるという…言葉がただ空しい"

ここを横山、安田↑、大倉↓でハモります。

(※しかしTV初披露であった2017年12月25日では3人のハモリであったのに対し、2012年のeight×eighterでは横山ソロパートになっています。このように少し違うパート分けになっている場合もあることを考慮し、ここでは2017年12月25日の放送を軸に考えていきます)

そしてそのあと、我らがメインボーカル渋谷のソロパートになり再びサビがきます。

ここから怒涛のスペシャルハモリタイムに入ります。

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"I to U..."

安田↑、丸山↓

"もう愛して…くれないから

 愛してるという…言葉がただ空しい"

渋谷、錦戸↑、大倉↓

 

えええ厚みすげええええええええええ!!!!

ここでハモリ三銃士に加えて錦戸亮が参戦してきました。エイトの強み…それは主に三銃士がハモリに回ることが多いとはいえ、全員がメインを、ハモリを担当することができることです!!!

ここではI to U〜のコーラスを二部で、メインボーカルを上と下で支えています。ハモリには一般的に2パターンあると言われており、一つ目が正統派ともいえるメインボーカルに寄り添い、音の強弱、歌節、ビブラートの処理も合わせていくパターンです。この場合の大倉、錦戸のハモリにあたります。

そして二つ目が個性派ともいえるコーラスをもう一本のボーカルの様に加えるパターンです。この場合の安田、丸山のコーラスはこちらに当てはまります。しかもそこでさらに二部でハモっているのでこの曲のサビってマジでハモリの手法をふんだんに使っている…まさにハモリの宝石箱や〜〜〜!!!

 

…ゲフンゲフン、続きにいきましょう。

 

そしてここからスーパーヤンマーレボリューションタイムが始まります。

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"部屋を灯す月明かり しょうもない冗談や語り

 眠れない夜には 寝相の悪さ見て笑い"

錦戸、安田↑

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"得意料理が並ぶ 威張る顔見てまた笑う

 誕生日に欲しいものちゃんと言うって決まりや"

安田、錦戸↑

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"電車揺られ遊園地 子供みたいにはしゃぎ疲れて 帰りは僕の方が先に寝ちゃっていたよね"

村上、安田↑、錦戸↓

ヤンマーちゃん忙しィィイイ!!!!!

上ハモ主旋律下ハモの移動ってかなりつられがちになるし(ワシが素人だからかな…)ここハモリ合うとこ目を合わせようとしてるのになかなかタイミングあわなく笑ったりするから罪…からの信五を上と下で支えるヤンマー兄弟…ハモリの羽毛布団に包まれる信五の歌声…

 

ゲフンゲフン!

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"もう二度と戻れない日々

 もう二度と戻ることのない日々"

丸ちゃんの優しい歌声、ここで彼に惚れない人間は恐らくいない…

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"もうちょっとだけ僕も 強くなっていかなきゃな"

丸山、大倉↑

この2人、声の相性が良すぎる。まさにハモリの少子化対策や〜〜!!!!!

 

ラストはみんなでハモリます。

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メインを横村渋錦倉で。

コーラスを山田で。

このおっちゃんら、本当に声の相性がグループとして良すぎてまじで美声の宝石箱……

 

こうやって見るとマジで高難易度ハモリを歌いこなしてる自軍ってすごくな〜〜い?やばくな〜〜?マジでやーばばいやいやい聞いて♡って感じになりませんかなりますよね元からなってましたよね。すみませんでしゃばりました。

 

今回はCDTVのクリスマススペシャル仕様のハモリを取り上げていきましたがCD音源もやりたいし他のスーパーウルトラハモリファンタジスタソングたちもじっくり考えていきたいなあと思います。とりあえずI to Uハモリ考察はしたかったので消化できてよかったです(小並感)